会社の従業員や役員が交通事故に遭った際、交通事故解決の過程で保険会社から〝それは企業損ですから、賠償請求の対象になりません〟と、拒否されたご経験はございませんか?
企業損とは「企業損害」の事で、間接損害とも呼ばれます。
上記の様に保険会社から言われると被害者のお立場では、スッキリしない理不尽さは残るかと存じます。実際に弊社のお客様からも企業損害についてのご相談を多く頂いております。
今回は、企業損害についての説明や、実際にあった弊社のお客様の訴訟例と、最高裁判例もご紹介します。
まず、交通事故で発生する損害にはどの様な種類があるのでしょうか?
実は、内閣府が交通事故に関する損失について「交通事故の被害・損失の経済的分析に関する調査」を行っています。
令和4年度交通事故の被害・損失の経済的分析に関する調査(令和5年3月) – 内閣府 (cao.go.jp)
この報告書では交通事故における損失の種別は以下の通り分類されております。
損失の種別 |
算定費目 |
|
金銭的損失 |
人的損失 |
逸失利益、治療関係費、慰謝料、休業損失等 |
物的損失 |
車両、構築物の修理、修繕、弁償費用 |
|
事業主体の損失 |
死亡、後遺障害、休業等による付加価値額低下 |
|
各種公的機関等の損失 |
救急搬送費、警察の事故処理費用、裁判費用、訴訟追行費用、検察費用、矯正費用、保険運営費、被害者救済費用、社会福祉費用、救急医療体制整備費、渋滞の損失 |
|
非金銭的損失 |
死亡損失 |
交通事故による死亡リスク削減に対する支払意思額 |
被害者本人以外に関する非金銭的損失 |
上記、損失の種別を損失金額に換算して総計(つまり交通事故によって日本全体で失われたお金に)すると、どの程度の金額になるか想像できますか?
その金額はなんと、令和2年度で約10兆円もの損失金額となっています。平成26年度は約14兆円程度となっているので減少傾向となっていますが見過ごせる金額ではありません。
いかに交通事故が多大な損失を招くのかがわかります。
交通事故による損失額:従来方法で計算した場合(令和2年度)(十億円)
内訳項目 |
死亡 |
後遺 |
傷害 |
物損 |
合計 |
||
金銭的損失 |
人的損失 |
逸失利益・治療関係費・葬祭費 |
57 |
273 |
153 |
- |
483 |
慰謝料[A] |
43 |
66 |
335 |
- |
445 |
||
小計 |
100 |
339 |
488 |
- |
928 |
||
物的損失 |
1 |
18 |
342 |
896 |
1,258 |
||
事業主体の損失 |
3 |
10 |
68 |
- |
81 |
||
各種公的機関等の損失 |
11 |
93 |
592 |
13 |
709 |
||
金銭的損失合計[B] |
116 |
461 |
1,489 |
909 |
2,975 |
||
金銭的損失合計[B]-[A] |
73 |
395 |
1,154 |
909 |
2,530 |
||
非金銭的損失 |
死傷損失[C] |
2,178 |
5,020 |
381 |
- |
7,579 |
|
総計(慰謝料分除外) [B]-[A]+[C] |
2,250 |
5,414 |
1,536 |
909 |
10,109 |
||
総計(慰謝料分除外せず) [B]+[C] |
2,294 |
5,481 |
1,871 |
909 |
10,554 |
上記、損失の種別「事業主体の損失」。つまり、法人や団体、個人事業主などを含む事業を行っている事業者の損失は810億円となっています。
これだけ見ると、交通事故における事象主体(企業)の損失は810億円だけに見えますが、本当にそうでしょうか?
この「事業主体の損失」は[死傷者数]×[損失日数]×[1人・1日当たり損失額]の考え方に基づいて算定されているそうです。
しかし、企業が被る損害は「ヒトに関わる死亡、後遺障害、休業等による付加価値額低下」だけではありません。
人的損失(逸失利益、治療関係費、慰謝料、休業損失等)、物的損失(車両、構築物の修理、修繕、弁償費用)も過失割合にもよりますが企業が負担する事になります。
企業の代表者や従業員が交通事故に遭い、企業が被る損害は「直接損害」「間接損害」の2種類あります。例えば以下のとおりです。
直接 損害 | 被害者への損害賠償 | 慰謝料、治療費、休業損害、逸失利益など |
事故処理費用・事故車両の運搬 | レッカー代、レンタカー代、交通費など | |
事故後に発生する経費 | 見舞い代、代車費、弁護士費用など | |
社有車の修理・買い替え費用 | 修理や整備費用、社有車購入費用など | |
間接 損害 | 社員の金銭的・時間的ロス | 代替要員の人件費、治療・休業・見舞いなど |
管理者や経営者の時間的ロス | お詫び、警察や監督官庁対応、再発防止策定など | |
機会損失(チャンスロス) | 営業の機会損失、引継ぎによる生産性低下 | |
顧客から信用低下 | 商品や企業イメージ低下、契約打ち切り |
修理費用や治療関係費の「直接損害」は明快ですが、「間接損害」は、元々分かり難く、ましてや「企業が被る全体的な損害」となると、一層不透明なります。
人身であれ、物損事故であれ、一旦、事故が発生してしまうと、「直接損害」だけでなく、「間接損害」が生じる事故は多いです。
問題は、その「間接損害」を、加害者側に負担を求めることが正しいのか?法的に許されるのか?が分かれ目になります。
例えば、人身事故で負傷した本人の治療費や休業損害は「直接損害」、負傷した本人が復帰するまで代替要員をアルバイトで雇用する人件費は「間接損害」になります。
この損害を相手に請求する場合は、損害を証明する資料は必要になりますが、発生した事故に、負傷者本人の過失責任がある場合は、その請求はもっと複雑になることは言う迄もありません。
元々、間接損害は不透明であり、請求には困難が伴う場合があります。
企業損害(間接損害)の損害賠償を求める場合、以下2つにパターンが区分されます。
反射損害 | 代表者や従業員が受傷したために、就労できなかった期間も会社が役員給与や給料を支払った損害(肩代わり損害) |
固定損害 | 代表者や従業員が就労できなかったために、会社の売上が減少した損害 |
具体的に代表的な事例を3つご紹介します。
会社役員は、「役員報酬」の名目で給与を受けており、社長が事故で休業したとしても、休業していない会社から、役員報酬は支払いされます。つまり社長が休職していても、社員が働いて売り上げが確保されている論理によるものですが、これを不服として争われています。
本来、加害者が従業員に直接払うべき休損を会社が肩代わりした場合、会社が損害請求することは当然ですが、会社が受けた直接損害では無いので、保険会社の立場では、その費用を会社に支払うことは論理上難しくなり、この解釈を巡ってトラブルが生じています。
この請求は原則として認められませんが、限定的に認められる場合があります。限定的とは、いわゆる個人会社など、会社と直接被害者との間に経済的一体の関係がある、つまり会社といってもほとんど個人事業と変わらないような場合もあり、裁判所の見解を仰ぐしかありません。
この様に、交通事故が原因で発生した損害でも、固定損害や反射損害の様な間接損害への損害賠償請求は一筋縄ではいきません。
ここで、実際に弊社が関与した企業損害訴訟の実例をご紹介します。
弊社のお客様が、一方的な事故で社員が就業不能となってしまい2年を超える治療が必要となった際に、被災社員の社会保険を支払い続ける不合理を訴えて、加害者側にその費用負担を求めた裁判です。
わかりやすくするために、箇条書きでお伝えします。
結果的にお客様の訴えは退けられて敗訴が確定しました。この事例は企業損害の難しさを如実に物語っております。
しかし、お客様からは以下の様なお言葉を頂きました。
小規模運送会社を救済する意気込みで提起したが、過去の判例枠の解釈で、到底、納得できないが、企業損害の難しさは理解できた。弁護士特約を適用してくれたので、自己負担なしで戦えた。 無理を聴いてくれたことに感謝している。
結果としてお客様から感謝の言葉を頂きましたが、弊社としても改めて企業損害の難しさを噛みしめる事例でした。
個人であれ、企業であれ、生存していくには、様々なリスクがあります。第三者行為とはいえ、間接損害のすべてを相手に請求出来るはずはなく、事故の発生原因や因果関係も絡み、弁護士さんや裁判所のお世話になる事案です。
弊社では、企業損害についてお客様からのご相談を多数頂いております。ノウハウや知見もある事故に強い代理店なのでお困りの際は是非ご相談ください。(弁護士の紹介もさせて頂きます)
最後に、ご参考まで企業損害の最高裁判例をご紹介して終わります。
◎ 最高裁第二小昭和43年11月15日判決・民集22巻12号2614頁
《提訴内容》
薬局経営の有限会社Xの代表者Aが事故で受傷し、Xが売上減少の損害を請求。
《司法判断》
XはAの個人営業が法人成りしたもので、社員はA夫婦だけであり、Aは唯一の取締役で唯1人の薬剤師でもあった事案において、最高裁は、「X会社は法人とは名ばかりの、俗にいう個人会社であり、その実権は従前同様A個人に集中して、同人はX会社の機関としての代替性がなく、経済的に同人とX会社とは一体をなす関係にあるものと認められるのであって、かかる原審認定の事実関係のもとにおいては、原審が、Aに対する加害行為とAの受傷によるX会社の利益の損失との間に相当因果関係の存することを認め、形式上間接の被害者たるX会社の本訴請求を認容しうべきとした判断は正当である」と判断しています。
このように被害者と「経済的同一体」ないし「財布共通の関係」にあるものについては、法人格否認の法理の裏返しないし家団類似の関係に基づき、例外として原告適格を認めるのが通説的な見解です。これは、法人成りしないままなら個人企業の経営者の損害として賠償できたものが、実態にまる変化がないのに、法人成りしたという理由だけで賠償を免れるのは不合理であるという均衡論がその正当性の根拠とされています。
◎ 最高裁昭和54年12月13日判決・交通民集12巻6号1463頁
《提訴内容》
戸別訪問による医薬品の配置販売業を個人経営するXの販売従業員Aが交通事故で受傷し、Xが売上減少の損害を請求した事案
《司法判断》
最高裁は、「(原審確定の)事実関係のもとにおいて、本訴請求を棄却した原審の判断は(正当であり、43年判決とは)事案を異にし、本件に適切ではない」と判断しました。
原審(東京高裁昭和54年4月17日判決・交通民集12巻2号344頁)は、「AとXとは別個の自然人で形式上も実質上も別個の人格を有(し)・・・Aの休業補償とXの営業上の損害とはその性質、内容はもとより実質上の帰属主体をも異にするものであって、AとXとの間には経済的一体関係を是認することもできない。」としていました。
このように直接被害者が従業員の場合には、会社との経済的一体関係はないので、会社からの賠償請求は認められないことになります。